古い考えを忘れる難しさ

古い考えを忘れる難しさ
この世で一番難しいのは、
新しい考えを受け入れることではなく、
古い考えを忘れることだ。
ジョン・メイナード・ケインズ


この人は経済学で有名な方です。
ご存知の方も多いと思います。

彼はいろいろな名言を残しているようで、
その中でも今の私にはこれが響きました。

というのも、
自分の経験と照らしてみて、
非常に納得のいくものだからです。

いろいろなことがあったから、
こうしてブログを書いたり、
フェイスブックに投稿したり、
いろいろなことを情報発信しています。

こうしたことを怖いという人もいて、
個人情報が漏れるとか
自分の秘密が分かってしまうとか、
考えたこともあります。

でも、これからの世の中では組織中心から個人に
いろいろなものが移譲されると考えているので、
発信を続けています。

〇〇会社の□□です。
というのももちろん必要だと思いますし、
なくならないと思います。

でも一方で、
〇〇をやっている□□です。

といった、
個人に根ざしたことが起きやすい世界になりました。

たとえば、
私は図書館プロジェクトを進めています。
それは個人としてやっています。

何のためにやっているの?
何が目的なの?


と、いろいろな方から聞かれます。
正直に言うと、楽しいからだけです。

でもそれをいくら説明しても、
その楽しさが伝わらないこともいっぱいあって、
辛いこともいっぱいあります。

でも、手放したんですそれを。

それまでは、
自分のことを
周囲の人にきちんと説明できないと
いけないって思っていたんです。

でも、
それってそんなに大切なことではなくて、
自分がどうそれに向き合っているのか?

それを自分できちんと把握しておくことが
大切だと思うようになりました。

それがたとえきちんと言葉になっていなくても、
なんとなくでも自分の中で分かっていれば良いんです。

「だって、そうなんだもん!」

よく子供の頃に言った覚えのある
この状態で全く良いと思っています。

これは逆もそうで、
他人を理解するときも同じです。

自分のメガネを通してでしか、
その人を理解できないのですから。

その人をそのままで良い、
として受け入れることができるようになりました。

これまで日本人として培ってきた常識を知った上で、
それ以外もあるとする態度。

様々な視点を持つことで、
様々な世界を知ることができます。

古い世界を知っているからこそ、
新しい世界が認知できると思っています。

アダムとイブの時代から、
知ることというのは
新しい世界への扉を開く
大切な鍵なんだと思います。

まあ、
扉が開いてもその中に入っていくかは、
個人に委ねられているんですけどね。

どこかの諺にあるように、
水辺まで馬を連れてはいけるが、
馬が水を飲むかは馬次第なんです。

でも、
僕はこれからも

馬を水辺に連れて行こうと思う。