無知の発見が教育

無知の発見が教育
教育とは
われわれ自身の無知を
しだいに発見していくことである。

ウィリアム・C・デュラント

なんて素敵な言葉でしょうか。

最近そう思うんです。

日本とアゼルバイジャンの結び付きを
もっと強固にしたいと思って、
行動しています。

主には本を送って図書館を作るプロジェクトと
指さし会話帳出版プロジェクトなのですが、
それらを進めていると、
やるべきことが自ずと見えてくるんです。

そのやるべきことってのが、
ほとんど全く知らないことなんです。

なので、今回の言葉のように、
自分が無知であることがどんどん分かります。

研究をしていた時なんてまさにそうでした。

自分が興味ある現象があり、それを実験で確かめてみると、
さらに分からない現象が出てきて、それをさらに調べる。。。。
分からないことを調べていると、分からないことがまた生まれる。

この無限ループと言うか、無限連鎖といいますか、
終わりなき知的探求と言うのが、研究だと思っています。


研究でも、黒坂図書館プロジェクトでもそうなんですが、
何かに没頭してそればかりを考えている不思議なことが起きます。


それをやろうとすると、
すーっと助けが入るというか、
それを知っている人と出会うんです。
そのご縁で、話が前進するんです。

でも、本当に不思議に思うのは、
こうした出来事が私の周りに起きるのが、
当たり前のように感じている自分がいることなんです。

こればっかりは、
いくら言葉にしても伝わらないんですが、
とても不思議な感覚です。

本当にありがたいなと毎回思います。

仕事においてもそうなんですが、
提案書や説明資料を作っていると、
ふとアイデアが浮かび、その話題が隣の人から振られ、
その話題を一通り終えるとアイデアがまとまっていたり。
周りから支援されているな〜って思える場面ってよく遭遇します。

逆に、そうでない時もあります。
そういった時は、得てして嫌々やっているときなんですよね。。。。

自分が楽しいと思えることであれば、
無知を発見していく旅路は本当に意味のあることだと思っています。