自分を認めるのは自分以外にはいない

自分を認めるのは自分以外にはいない
自分を認めるのは、
結局のところ自分自身しかいない。

よくよく考えてみると、これは真実だと思います。

例えば、
あなたが花が好きだとします。
毎日、花壇の水やりや雑草を取ったり、
楽しくお世話しています。

それを見ていた近所の人が、
「あなたはお花が好きなのね、毎日お世話をしていて、
私もやってみようかしら?」

などと言われたら、
大抵の人は嬉しい気分になると思います。

これはどういった状況だと思いますか?
自分が思っている自分の姿と
他人が思っている自分の姿が一致しているから、

自分の中で、
「やっぱりそうだよね、 私はお花が好きだな~。」
って、自己肯定できるんです。

これを突き詰めて考えてみるとどうでしょうか?

他人が何かを言う前から、
お花を好きな自分がいたんです。
 
違う言葉でいうと、
他人に認められる以前に、
自分を認める自分がいたことになります。

自分を認めるというのは、
結構大変なことだというのは分かっています。

多くの人が自分を認めるのは他人、と思っています。

あなたも自分には価値があり、
素晴らしい存在であるのだと
また思い出して貰いたいです。


最後に、
マリアン・ウィリアムソンの
ポエムをお送りします。

名作映画「コーチ・カーター」の
台詞でも引用されたものでもあります。
静かな場所で、ゆっくりと味わって読んで欲しいなと思います。

マリアン・ウィリアムソン
 愛への帰還より
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『最も深い恐れ』

我々が最も恐れているもの、
それは自分が無力だということではない。

我々が最も恐れているもの、
それは、自分には計り知れない力がある、ということだ。

我々が最も恐れるもの、
それは我々の光であって、闇ではない。

我々は自分に問いかける。

自分ごときが賢く、美しく、才能にあふれた
素晴らしい人物であろうはずがないではないか?
 
だが、そうあってはなぜいけない?
あなたは神の子である。

あなたが遠慮をしても世界の役には立たない。
 
周りの人が気後れしないようにと
あなたが身を縮めることは何の美徳でもない。
  
我々は、
自らの内にある神の栄光を現すために生まれてきたのだ。

そしてそれは限られた人々のものではなく、 
すべての人の内にある!

我々が自らの内にある光を輝かせるとき、
無意識のうちに他者に対しても同様のことを許している。
我々が自分の持つ恐れから自らを解放するとき、
我々の存在は同時に他者も解放する。

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私は恐れを抱いて生きてきました。
自分に合わせるのではなく、他人に合わせて生きてきました。
それはそれは窮屈で、惨めだったなと思います。

でも、病気になって考えが変わりました。
私は素晴らしい存在かもしれないって。

だからこうして色々な知識や経験をあなたに届けています。
あなたが変わるキッカケは、それこそ世の中に数多くあります。

病気がキッカケの人
友人の一言がキッカケの人
ブログがキッカケの人
子供の笑顔がキッカケの人
ひとひらの雪がキッカケの人
どんなところにもキッカケがあります。

それを受け取るアンテナが
あなたに立っているかどうかだけです。
変わりたいって気持ちのアンテナ。
不安な気持ちそれは変化への抵抗

あなたもちょこっとだけ、
不安に思う方向へ進んでみて下さい。

そちらには変化が待っています。